バニラチルノ

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退廃新書




この感情は言葉に残さなくては、と思ってたことを今更書く。2日前の話だからほとんど覚えてないけど。


一週間くらいでやめた元バイト先の年下の先輩が久しぶりに地元に戻ってきてライブをやるというので見に行った。偶然1月に東京でライブを見たので2ヶ月ぶり?東京すごく遠いのに頻度的にはそれなりに見てる気がする。個人的には全然少ないんだけど。色々あったし色々あったかというとなにもなかったんだけどまだライブ行ったら声かけてくれるからよかったなあと思う。東京の民になってしまった先輩としては珍しいことではないことなんて当たり前にわかっているけど終電を逃すの、っていう歌詞のところでどうしてもわたしとのあの日の話だと思ってしまうの、自意識過剰にも程がある。

人それぞれなので比較することはできないんだけど辛い過去(こういう表現いちばん嫌いなのはわたしだけど敢えて)みたいなものを背負ってたり昇華したりしてきた人というのは、なんとなくわかる。なんとなくわかるし、わたしはどうしてもそういう人やものを好きになってしまうんだけど、たぶんこれはわたしの中で好きと共感がだいぶ近いところにあるからだと思う。いま現在毎日毎日辛い辛い死にたいと簡単に口に出すけど、なんとなく似たようなものを感じてしまうとそれを救いだと思ってしまうところがあって、理解とか許容とかいうださいものを求めてしまう。実際それらは傷なんか癒してくれないどころか、ってかんじだけど。で、たぶん、たぶんだけど先輩もそういうのがあったんだろうなと思って簡単に心を開いてしまうというか救ってくれと思ってしまったんだな、ばかなわたしは。あまり前向きな歌詞ではないと思う。言葉通り捉えることが正しいのかわからないけど。とても好き嫌いわかれるんだろうなと思うし先輩の音楽を好きで聴いてる人ってたぶんなんとなく似たようなところがあると思ってる。勝手に。歌詞がとても好き。わたしにとっての癒しでは全くないんだけど、たぶんこの歌詞を書いた先輩は他人のことがとっても嫌いで、だからこそ他人にやさしいんだろうなと思ってしまう。わたしが絆創膏みたいだと思ってる音楽って、ほんとうに絆創膏が必要なときに剃刀になってしまいそうなものがおおいんだけど、なんでそれなのに好きなのかはたぶん永遠にわからないけど、先輩の音楽はどっちかというと逆かなあ。伝え方が難しい。とにかく好きとしかいえない。難しいね。そんな先輩のMCとか、普通に喋ってるときとか、あまり、俗に言うメンヘラみたいな空気がほとんどない。全くない。いやメンヘラじゃないんだろうけど、今だって辛い、みたいな歌詞をたくさん書くくせに喋ると全然そんな話をしないんだ。それが普通なのかもしれないけど。そこがとても安心するしひやひやします。他人の痛みなどわかるわけもないんだけど、他人の強さはなんとなくわかる。先輩はわたしよりずっとずっと強いと思う。元からなのかとかは全然わからないけど、表面上のあれなのかもしれないけど、ずっとずっと強いと思う。そんなところが羨ましくて、こわい。わたしは弱いので。わたしがいうことではないけど、しあわせになってほしい。絶対にしあわせになってほしい。これからをとても期待してる。いつのライブを見ても感じる感情みたいなものはわたしにしては珍しくあまり変化がないのだけど、悪い意味じゃなくて、そこがほんとうにほんとうにすきです。たくさんの人に愛してもらってほしいととても強く願うよ。それから、絶対に絶対にCDじゃなくてライブのほうがいい。月に10本以上ライブやってるらしいので東京近くの人はほんとうに見てほしい。CDがだめというわけではないよ。YouTubeに音源とかライブ動画とかあるしリンクを貼ることはできるけど絶対に絶対に一番最初はライブを見てほしい。だから名前も伏せてるんだけど、この文章をかいたところで先輩の収益にはならないんだけど、紹介したほうがまだ微弱でも知名度をあげることができることはわかってるんだけど、でもなにも言いません。なにも伝わってないだろうから無意味なんだろうけど、ほんとうにほんとうにライブがとてもいいので、全部伏せるけど、この記事のタイトルが先輩の曲のひとつなので、もし、ほんとうに気になった人がいれば調べてみてほしい。うまく繋がるかわからないけど。このブログ見てる人いるかわからないけど。9日のライブほんとうに最高だったよ。たぶんこれからもずっと好きだ。


ぐだぐだになったけどこんなかんじです。最近乖離がほんとうにひどくてやになるね。ブログは備忘録じゃないよ。まあいいか。